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2007年02月25日

基本に戻ろう

ボーイスカウトは誰でも参加できる開かれた運動なのだが、その指導者にも、誰でもなることができる。そこが塾やスポーツ教室との大きな相違点だ。この運動はこどもはもちろん、多くのおとなの参画・支援があってこそ、成り立っている。最初はこども預けるだけで良いんだ、と思って、興味もなく、或いは背を向けていた親御さんたちも、少しずつ関わっているうちにグイグイ引き込まれてしまう(と、断定しておこう)。もちろんみんながみんな指導者になることはありえないが、すこしでも多くの方々にこの運動のよさを理解していただくことが、良い活動をする原動力につながるはずだ。

そうして活動により深い関心がわいてきたおとなたちや、スカウトを10〜20年くらいやってきた若い人達は、そのうちにいくつかの講習や研修を受けることを勧められるだろう。それらの開催は年に1〜2回なので、それを待たずに、指導者としてスカウトの前に立つことはあり得る。いろいろ事情もあるだろうから、研修についてはそのうち(行けるような状況になったら/行きたくなったら)行けばいいじゃん、と私は考えている。もちろん、前向きに「行きたくなる」ことが重要なのだけど。

ポケットブック
指導者養成のためのステップは「1.指導者講習会」→「2.ウッドバッジ研修所」→「3.ウッドバッジ実修所」というのがメインだ。1.指導者講習会は 参画するおとな全員向けにスカウト運動の基本を学ぶところ、2.ウッドバッジ研修所は隊運営全般を学び、隊長になるためには行っとかないといけないもの、3.ウッドバッジ実修所は隊長になると ちょっと行ってみたくなるもの、といったところだろうか。以上が定型的な訓練とされていて、その他にも、野営法、救急法、ソング・ゲーム研究会などの訓練が適宜行われているし、本当は団や地区の中の会議にこそ、重要な訓練の役割があると思っている。

詳しくはこちら↓

ボーイスカウト日本連盟
■ボーイスカウト指導者訓練コースの概要
http://www.scout.or.jp/j/info/training/training.html


私はある定型外訓練のことを、ウッドバッジ研修所で知り合った方に聞いて、それがとっても面白そうだったので、この1年ずっと参加させていただいた。地区を越えて、と言っても実質的には同じ地域なのだが。年6回の全部を出席することは出来なかったが、その中には座学あり、ゲームや歌、あるいはキャンプ場での実践的な展開など、「さらにもう一歩掘り下げる」ことができたと思う。研修所もこういう形式だって良いのかも知れない。長期に拘束されることが実質不可能な社会人も多いからだ。

先日の最終回は、パネルディスカッション形式で行われた。テーマは、「温故知新」。

パネリストが4人、前に座ってこちらを向いている。進行役の方から、最初にそれぞれのパネリストの発言の背景を知る必要がある、ということで、順番に自己紹介があった。あえて一言で表せば、(「超」のつくくらいの)ベテラン指導者、若いスカウト暦20年くらいの指導者、いつの間にかのめりこんでしまったお父さん指導者と、お母さん指導者、という感じだろうか。そう言いきってしまうとなんだかその先の個性がかすんで申し訳ないが、一般的にある指導者のパターンの典型としては妥当な組み合わせといえるかもしれない。

さまざまなお話が聞けて、そのあとの第2部も楽しく、たいへん充実した内容だった。しかし、私は最初に聞いた、あくまで個人的な意見と断ってだが、ある方のおっしゃった言葉が、終始強烈に心に残っていた。

「制度疲労」

スカウト運動100周年を迎える今年、いろんなところで「基本に戻ろう」だの、「原理・原則に立ち返ろう」というようなことが言われています。しかし、現場でやっている、あるいはやってきたことは、(このディスカッションでも明らかになったように)おそらくそんなに外れてはいないと思います。むしろ、地域やそれぞれの団の事情に、いまの教育規程に示されている仕組みが対応しきれていないのでは・・・。(でも、とにかく今日は「温故知新」というテーマで、パネルディスカッションをやってみるということなので・・・。)


ああ、やっぱりそうなのか・・・。この道を歩んでる(と思っている)限り、みんながそれぞれ何とかやってくれるだろう、という性善説のフランチャイズシステムなんて、成り立たないに決まっている。ビーバーとカブで散々盛り上がった後に燃え尽きていくような現象などを見ると、やっぱりこの運動が社会的に認めてもらえていない寂しさ、みたいなものを感じる。ボーイスカウトは万能ではないが、こどもの習い事のひとつくらいに甘んじててはいけない、ということを、 運動側の自らの意識の問題として捉えていかなければ・・・。

そんなことを考えていたので、それを聞くなり私は「結論」のように受け止めてしまった。もちろん指導者訓練であるこの場でそれを議論したところで、結論は出ない。だから、基本どおりやってるよね。すごく難しいけど、みんなそれに向かってやろうとしていて、そんなにずれてないよね。というようなことを、このディスカッションの中で確認できたことは、勇気付けられ、よかったと思っている。

スカウティングの「基本」とか「原理・原則」対しては、現実問題として「間違っている」場合もあるし、そうでない場合もある。でもその基準は、ある程度主観的であるがゆえに、かえって曖昧なことも否めない。結局人によってそれぞれ考えが違うから、もしかしたら全体としてはほとんどOKになってしまうのだろう。それはそれで、仕方ないのかな。一見ただ楽しそうに盛り上がっている団の方が、より多くの人数を集めていたりするものだ。それはともかく、個々の指導者としては、なによりもその言葉を謙虚に受け止め、自分を見つめなおすことに意味があるはずだ。ただ、「制度疲労」の問題というのは、それでは解決しないと思う。


写真はその時たまたま見せていただいた、むかしの指導者用の小冊子。ちかいと(12ある)おきてに始まり、結索や手旗に歌集と、これ1冊でBS課程でやることのほとんどが網羅されている。三島総長がお書きになった巻頭言のなかでは、大阪の方が主体で編纂されたことが書かれていた。刊行は昭和46年。パラパラめくっただけなので、内容はほとんどが技能の羅列みたいに見えたが、ある意味、とても読み易いと思う。本が薄いので、まず手にしたときの心理的抵抗感も薄まるかも知れない。この本に書かれていない部分は、人から人へ語り継がれていくことで、フォローアップできたのかもしれない。改善、改良を積み重ねた結果、いまは教育課程にしても本のラインナップにしても、良く言えば多様化している。しかし、ともすると肥大化、細分化の弊害も生まれているのではないだろうか。


<参考>
ボーイスカウト日本連盟
世界スカウト運動 創始100周年 記念事業
http://www.scout.or.jp/j/info/pr/100topics/0100nentopic.html

■ブラウンシー島実験キャンプ プログラムのヒント PDFファイル
http://www.scout.or.jp/j/info/pr/100topics/BislProHint.pdf
posted by ぬまた at 09:47| ☀| Comment(5) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ポケットブックは僕らがスカウトになる前に利用されていたようですね。僕らの時は進歩の手引きでしたね。

で、ポケットブックは元々大阪連盟が出していたものが日本連盟で取り上げられたと聞いています。そんでもって同様のものが、数年前まで大阪連盟で販売されていました(今売っているのかどうかは不明)。
http://www.scoutnet.or.jp/~src/kkakukensyosek.htm

うちの団でも取り寄せてスカウトに配布していました。

それは、「スカウトに伝えるべきもの」のいくつかがポケットブックに書いてあったので、その分リーダーが楽だったということが理由でした。それまでは毎回毎回自分たちで作らざるを得なかった情報を、冊子と言う形でまとめてある情報はとても利用価値がありました。

結局スカウトハンドブックができたので購入をやめたのですが、スカウトに渡して「ここに書いてあるから、自分でそれを読んで考えてみるべし」と言えばいいわけですから、スカウトと情報を共有していく上でとても確実だったんです。
Posted by 黒澤岳博 at 2007年02月25日 11:50
この間の「井上さん訪問」の時にもお話ししましたけど、この大きな団体であるにもかかわらず、結局「書類として残す」ことがあまりに少ないため「解釈改憲」をいろいろ行いすぎているのかなあ、と感じています。

書類にして残していくことで、「この基準だから、みんなでしっかりそれを守っていこう」「判断は基準に従って各自が行おう」という形にならず、毎回毎回話をしていくけど、誰が責任を持ってやるという議論になっていないのかなあ、と感じています。

そのときそのときの議論がみんなで見える形にしていくことで、それを基準にして判断を各自が行うことができるのではないかと考えています。

その意味でも、今回の記事、大変参考になりました。
Posted by 黒澤岳博 at 2007年02月25日 12:55
> 伝えるべきもの

むかしボーイ隊の時に使っていたのは「進歩の手引き」と「進歩記録帳」で、2つに分かれていましたが、「進歩記録帳」の方は手引きに挟むことができました。

今のスカウトハンドブックの4分の1の大きさで、こどもの手のひらサイズの小さめの手帳という感じです。さらに、進歩記録帳は独立していたので、それだけをリーダーが集めて、まとめてサインしてる間も、手引きはスカウトの手元にある、という、カブブックには無い工夫がされていました。

時代が移って、いろいろ補足して読みやすく工夫された結果、本が大きく重くなってしまったり、いろんな種類の本があって、何から読めば良いか分かりにくくなっているような気がしています。

とりあえず、全部読めば良いの?って感じになっちゃいますよね。すくなくともこれからの指導者にとって、今となってはもはや古典となってしまったスカウティングフォアボーイズやローバーリングツゥサクセスなどは、読む順番の優先順位はそんなに高くなくても良いはず。


> 基準

まさにいま、なかなか基準にフォーカスできない迷走状態を生んでしまってるのかも知れません。書籍については、どれもみんな必要に見えてしまうんですが、「どんな対象に」「どんな内容が必要か」という視点で、ラインナップの体系立てた再編が必要だと思います。

それが、日本連盟ではそれぞれの課程で何を目指し、具体的に何をするべきかをもう一度示す時期なんでしょうか。

SFBだけ読んで、あれは時代に合わないねって思われて、じゃ、とりあえずそれらしいことをやらせてれば良いんだ、的な理解をなくすためにも、少なくとも潜在的な層も含む「新規参入された方々」向けを意識しなければ、と思うのです。
Posted by ぬまた at 2007年02月25日 19:20
ボーイ隊の指導者から指摘をいただき、スカウトハンドブックのところで誤解がありました。

需品部には下記も用意されています。

17 スカウト手帳-61002 294円
18 ボーイスカウト進歩記録帳-69615 168円

すみません、認識不足でした。手元にないので、今度確認しておきます。
Posted by ぬまた at 2007年02月26日 12:43
基準についても、より具体的に明示していかないと、やっぱりいろんな解釈が成立してしまうんですね。

スカウト運動は、これを目指す。そのためにこの段階ではこれをやります。というのが、今もあるんですけど、うまくいってなければ、やっぱりそこから見直しが必要なのかもしれません。

下記で展開されている熱い議論も踏まえて。

KM日記
主観的な教育
http://blogs.yahoo.co.jp/rmbgm640/44659069.html
Posted by ぬまた at 2007年02月26日 12:52
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