Google
 

2006年12月15日

たまでんハイク

友人の団をお手伝いする機会があった。街中で行うボーイ隊のハイキングで、チェックポイントに着いて課題をクリアすると、その次のチェックポイントの座標が与えられる。つまり、スカウトは事前に行き先やコースを知ることはできない。

ここのボーイ隊はしばらくの間、隊長ひとりで切り盛りしていた。そこに最近、彼の先輩が本格的に復帰し、その先輩つながりで連れられてきたスタッフが2名スポット参戦。下見やチェックポイント運営などで人手も手間もかかる課題ハイクを、事実上隊として初めて展開することができた。スカウトたちにとってだけでなく、指導者側にとっても大きなチャレンジであったと思う。

今回仕込んだネタは、廃線になった路面電車「玉電」の痕跡をめぐるというもの。

想い出の「たまでん」>玉電の歴史〜開通から玉川線廃止まで〜
http://www.setagaya-line.com/railfan/tamaden/history.htm

enkouji.jpg

東急玉川線は、今の田園都市線渋谷から二子玉川間に相当する区間を、2両編成の路面電車で結んでいた。と、資料には書いてある。廃止されたのは私の生まれたすぐ後なので、一番古い記憶でも、一部の跡地が工事現場のように放置されていた風景しかない。

我々スタッフは企画の段階で、図書館から借りてきた資料に、「あ!この写真はあそこだっ!」って感じに大いに盛り上がっていた。助っ人たちもそこそこ電車が好きだったし、年代的にも子供の頃の風景となんとなくダブってたりして、とにかく考えていく過程がすごく面白かった。予めこの場所にスカウトを立たせて。この方向を見ててね、と言った後にすかさず、同じ場所を路面電車が走ってる写真をパッと見せる、といった演出も考える。でもそれでは、自己満足に終わりやしないか。我々が思ってるほど、スカウトたちは惹きつけられないのでは?という点が気になっていた。

コースはだいたい、いつもの活動場所→砧本村→二子玉川→用賀→出発地点に戻る、というもの。

彼らの本拠地は田園都市線から一本隣の小田急線沿線だから、小中学生である彼らの活動範囲からはやや外れている。それでも小学校では世田谷の地理や歴史も勉強するだろうから、玉電とかいうのがあったらしい・・・くらいは、知ってると思われたけど。

しかし、実際プログラムが動き出してからは、地図が読めるか、課題がこなせるか、パトロールシステムが機能するか、まじめに歩けるか・・・。気になるのは、やっぱりそういうところだった。


当日は冬晴れのなか、風もほとんど無くハイキング日和だった。ちょうど紅葉が見頃になっていたが、もうすでに12月である。夏が長すぎるのか、冬の訪れが始まっているのに割り込むように秋が過ぎていく。スカウトは2班、チェックポイント要員4名と団委員や保護者のサポートを得て、いよいよ始まった。以下、主なチェックポイントの様子を簡単にご紹介。


■砧本村
駅や軌道の跡はバスロータリーや公園になっているが、土地の区画も全体的に見ればそういう感じがする。停留所には当時の駅舎(木造の屋根とベンチ)が移設され使われている。木のベンチなんて、考えてみたら今どき珍しい。鉄道柵が途中で途切れているところが、乗車口だったことも想像できる。「ここは昔、たくさんの人が利用していたある施設でした。その名残を見つけなさい。」その時点で、ここが駅だったということは知らされていない。スカウトはここまで、ただ座標しか指示されてないのだ。

砧本村.jpg

■兵庫島から二子橋
橋の上で止まっている電車は、二子玉川駅折り返しの大井町線車輌。昔は手前の自動車が走っている橋の上を、路面電車も通っていた。ここのチェックポイントでは、多摩川の川幅を目測する課題があったが、スカウトはみんな数十メートルとか答えてて、だったら20秒あれば走れるじゃん!

ナポレオン法(手のひらをおでこにかざして、対岸の目標物と手のひらが接する角度に固定する。そのまま90度横を向き、手のひらと接した場所までの距離を歩測する。スカウトハンドブックP.134)だと、実際の距離より少なく出ることが多い、とこちらの隊長さんはおっしゃっていた。それにしても、と付け加えていたが。(裏技として、鉄道橋のある場所は「電車法」がいいそうです。1両約20mで10両編成ならおよそ200m・・・。なるほど。 )

futakobashi.jpg


■行善寺坂
瀬田から多摩川に向かっては長い下り坂になっているが、渋谷から地下を走ってきた田園都市線は、ここから地上に顔を出す。今でこそでっかいデパートやマンションが邪魔をしているが、玉電時代はここで一気に視界が開け、多摩川をはさんでどこまでも広がる田園風景と丹沢山塊越しに、遠く富士山が望めたに違いない。私はチェックポイントに先回りしてボンヤリそんなことを思っていたが、二子玉川から立ち止まることなく坂を上ってきたスカウトたちは、そこまで考えなかったかな。

gyouzennjisaka.jpg


玉川線のいくつかあった支線のうち下高井戸線は、いまでも東急世田谷線として三軒茶屋(田園都市線)と下高井戸(小田急線)の間を営業運転している。全線専用軌道ではあるが、一部環状7号線という交通の激しい幹線道路を踏切で遮っている。普通の電車と違うのは、信号が青に変わるまで、電車の方も線路上で待機すること。対等なのだ。世田谷線はバス化も地下鉄化も検討されたそうだが結局実現せず、これからもこの形で生き残るのだろう。

たまでんは来年で100周年、・・・ん?奇しくも世界スカウト運動と同じなんですね。



<参考資料>

東京新聞
『玉電』開通100周年
http://www.tokyo-np.co.jp/00/thatu/20061123/mng_____thatu___000.shtml


東急電鉄 TOKYU NEWS 2006/11/17 
「玉電開通100周年記念事業」第1弾 
2006年11月25日〜2007年3月31日、世田谷線で花電車を運行 旧玉川線廃止時に運行した花電車が現代版として復活します
http://www.tokyu.co.jp/contents_index/guide/news/061117.htm


東急玉川線
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E6%80%A5%E7%8E%89%E5%B7%9D%E7%B7%9A
posted by ぬまた at 20:59| ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
Loading...
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。