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2006年05月24日

屋久島探訪

もう2年以上前のことだが、久し振りのOB会の誘いは、育てていただいた団の解散のお知らせだった。私は就職と同時に地元を離れ、しばらく海外に駐在してたりしてボーイスカウトのことなどすっかり忘れていた。私が離れたのは、ちょうど制服が変わり、ビーバー部門の新設や女子の加入が認められるなど、スカウト運動に少子化の時代に向けた大きな変革の波がやってきた頃だった。
結局その集まりには参加できず、その翌年、つまり数ヶ月前のOB会で、ようやく懐かしい面々にお会いすることができた。当時の仲間達や指導者の皆さま、そのまた上の先輩方まで…。学生指導者が伝統の団だったが、当時の指導者の方々も当たり前だけどいつも街や通勤電車の中で見かける普通の社会人になっていた。でも話し始めたら昔の気分が蘇ってきて、でもみなさん人間的に相応に磨きもかかっていて、とにかく懐かしく、また話はあちこちでたいへんに盛り上がった。

そのとき以来、私がカブの時のT隊長さんには、何回か遊んでいただいている。T隊長は私より一回りくらい上、今はどこにも所属していらっしゃらないが、スカウト繋がりのお仲間と楽しく「活動」されている。どこに行くにも「○○訓練」とか銘打って、年間計画まで作ってある。参加すること、あるいは活動への貢献度に応じてポイントが付与され、妙に複雑な?進歩制度に従って昇進する仕組みが整っているのだ。それも、何かごちそうを作って「うまい!」って言わせたら1ポイントとか・・・。さすがというべきか。

そのようなスカウト活動も楽しいだろうな、と何となくうらやましく思っていた矢先、今回はなんと、思いがけず屋久島へのお誘いをいただいた。T隊長が昨年来から構想を温め企画された数名のツアーで、急にひとりキャンセルが出てしまったとのこと。「なかなか行けない屋久島…」のメールに心が動いて、家族の許しも得ることができた。「どうせ行くんでしょう。」みたいな感じではあったが。すぐに鹿児島行きを手配する。

屋久島で一番高い宮之浦岳(1935m)は、九州最高峰でもある。今回のメインイベントだ。屋久島は周囲約130キロでほぼ円形をしている。東京23区くらいの広さのまん中に、2000m級の山がそびえている感じだ。淀川登山口からのピストンで往復約10時間、標高差はおよそ600mだが累計ではその倍以上あるかもしれない。亜熱帯から亜寒帯までの植生が分布し、登るにつれみるみる景色が変化していく。途中には花之江河(はなのえご)という日本最南端の高層湿原、霧に包まれなんとも幻想的だった。天候は朝からずっと雨、稜線に出ると、飛ばされそうなくらいの風も吹いていた。しかし、森林限界を超えた辺りから日差しもでて、山頂では雲が残るものの、ほぼ360度の景観というご褒美もいただいた。

新調した靴が両足外側のくるぶし付近を圧迫し、しまいには腫れ上がってしまったので、帰路は散々だった。先輩方にも迷惑をかけて面目ないことしきり。それでも天気の変化も含め、山の自然とそこで起こりうるハプニングまでひと通り体験しながら、おそらく10年ぶりくらいだけど、自分の人生に山登りを取り戻せたことが何より嬉しかった。

山頂にたどり着いた時、T隊長と学生時代からの同期で現役の指導者でもあるHさんは、「ここはベンチャーにちょうど良いね!環境とかテーマにして。」とおっしゃっていた。前日に屋久杉自然館(http://www5.ocn.ne.jp/~yakumuse/)で予習したことも、この地に対する理解を深めることに役立ったと思う。「そうですね。」私はシニア1年目で八ヶ岳に登ったことを思い出した。登頂の瞬間、少し青の濃い空と眼下に広がる素晴らしい眺めに、山が大好きになったのだ。「でも、もし『環境』というテーマなら、ローバーにも十分やりがいのあるテーマではないでしょうか。」「最近のローバーは海外志向が強いみたいだけど、もっと身近なこういうところも見てほしいなぁ。」Hさんも長く最前線で活躍され、現場を熟知されている方である。なので、すごく説得力があった。


家に帰ってからも、その会話が今回の活動を象徴する出来事のように心に残っている。Hさんとお会いするのは、まだ2回目。そんなに会話もしたことがない。でもあらためて感じたのは、世代とか育った地域の違いも難なく越える、何というか縦横無尽な「繋がり感」だった。このような感覚をたくさん経験できるのは、やはりスカウティングという共通項のおかげであろう。何千年という命と出会ったせいなのか、なんだかその先の人間や、世界や、地球の未来にまで、思いを巡らせてしまう。


スカウト運動の醍醐味は、実はそこにあるのではないか、と考えている。




屋久島
- Wikipedia: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%8B%E4%B9%85%E5%B3%B6


二代大杉.JPG


写真はもののけ姫の舞台のモデルにもなった、白谷雲水峡にある二代大杉。二代杉というのは、台風などで途中で折れて枯れてしまった樹の上に、次の世代(二代目)が育っているもの。三代杉というのもある。

屋久杉はこの地の厳しい気候ゆえ、一年に紙一枚分の厚さで年輪を重ねるという。
posted by ぬまた at 23:57| ☔| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ボーイスカウトバトンが回ってきたのですが、受け取っていただけますでしょうか?

http://blogs.yahoo.co.jp/rmbgm640/35748184.html

お時間のあるときで結構です。
ブログ記事の一つとして考えていただければ幸いです。
もちろん、スルーするというのもアリです。


Posted by KM at 2006年06月02日 02:57
面白そうですね。ありがとうございます。

> ブログ記事の一つとして

わかりました。少しお時間ください。

取り急ぎ、以下は以前のブログでアップした、「Ver.2.0」の記事の復活です。



ボーイスカウトバトンVer2.0(案)
http://blogs.yahoo.co.jp/rmbgm640/27197005.html

ボーイスカウトバトンへの、うれしい反応
http://riics.seesaa.net/article/14003927.html#trackback


1.ボーイスカウトをやっていることで『良かった・トクをした』ということはありますか?

シニアスカウト時代、たくさん(といっても年に2〜3回くらいだが)山に登れたことで、山が好きになったこと。

高校1年で八ヶ岳に行って、標高2899mの山頂に立ち、100m上の藍色の空を指差して、「来年は3000mを超えよう!」とみんなで約束。翌年真っ先に志願して富士山の次に標高の高い北岳へ行く計画書を書いたのに、病気で行けなかった・・・。でも、10年後リベンジを果たせたし、それを、今でも付き合いが続いている当時の仲間たちに、報告できたことが良かったです。


2.逆にボーイスカウトをやっていることで『マズかった・ソンをした』ということはありますか?

やっていて、というよりは、満足に活動に出てなかったことで、なんだか損したような気はします。中学・高校時代、キャンプ以外はぜ〜んぶ部活だったので。割り切れてはいましたが。


3.今までで、印象に残る『悲惨な・過酷なキャンプまたは行事』はありますか?

ボーイスカウト時代、夏のキャンプで大雨洪水警報のため、カブが上で舎営やってる所に避難したことがありました。サイトが川になってるのに、リーダーがむきになって掘りかまで火をおこしていた(それくらい普通なのかな、と思ったけど)。みんな体調不良になって気の毒だったが、私は元気で、キャンプなのにお風呂にも入れて満足でした。


4.逆に、印象に残る『良かったキャンプまたは行事』はありますか?

これはローバー年代(十数年前ですが)、世田谷地区主催のローバーフォーラム@群馬県川場村に参加したこと。今でいう、ムートでしょうか。当時一応指導者をやっていましたが、ジャンボリーにもベンチャーにも無縁で井の中の蛙だったわたしに、違った世界を見せていただいた、という意味で。世界のスカウトもいいけど、まずは隣近所のスカウトと交流してみよう、って、今でも思います。はるかに簡単で、結構重要かもしれません。


5.最後に、次にバトンを渡す人3人と、その人に贈ることば(またはその人を○○に例えると・)

特に誰かさんへ、という方がいないので、贈る言葉を。


(1)経験者で、かつ現在も携わっている方々へ

おとなのスカウティング、楽しめていらっしゃいますか?


(2)ご子息の入隊を機に、この運動に参加された方々へ

ようこそ。


(3)スカウトたちへ

待ってます。
Posted by ぬまた@管理人 at 2006年06月02日 08:49
すみませんです。みなさまのお話が聞けて楽しみにしております。
Posted by KM at 2006年06月02日 11:09
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