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2009年05月24日

カブスカウトらしい活動

ボーイスカウトの活動と、そうではない、例えば単発のプログラムだけを提供していくような活動との、一番の違いは何だろうか。

優劣を論じるとかが目的ではなくて、私の考えとしては、ボーイスカウトらしさ、というか、ならではの部分には、やはりこだわってやってみたい。

だけど実際の活動では、つまるところ、指導者それぞれの個性に、団の雰囲気とかが合わさって、プログラムは展開されていくのだと思う。時に、私の思いとは裏腹に。



例えば、何をもって良いプログラムとするのか?

どこに面白さや楽しさがあるとか、何が琴線に触れるとか、人によって微妙に、時にはかなり、違う。

隊長という役務の良いところは、計画や実行の段階において、かなりの部分についてこれについての決定権のあるところだろうか。


しかしたいていの場合、その評価は低い。というか、思ったほど良くはない。



もう何年か前の話になっちゃたけど、こんなプログラムを展開したことがあった。


2006年05月07日
次回のプログラムへ続く
http://abhs.seesaa.net/article/17511903.html


いろいろあって、今とは状況も団も地区も全然違うのだが、このときはスカウトもスタッフもたくさんいて、私としてはかなり作り込んだプログラムだった。

その流れで、当然夏のキャンプだって、数十ページのマニュアルを準備、毎週の打ち合わせで更新という、かなりのことをやったと思う。



だからこれはこれで達成感もあり、一定の評価もあったとは思うが、私はだんだんこういう凝ったプログラムをやることよりも、違うことを志向するようになっていった。

その理由は、ひとことで言うと、楽しいだけじゃダメなんだ、と思うようになったからだと思う。

しかし、楽しいことが活動において重要で無くなったワケじゃない。



でも、スカウトに楽しんでもらう「良い」活動を提供するためには、それを支えるおとなの参画とその体制作りの方が、やっぱり大事なんじゃないか、と思うようになった。

一人で良い活動をやるには、私には力も経験も足りない。ほんとはちょっとくらいなら、結構自分でできることもあるかな、なんて思うときもあるけど。

それではとても物足りない。



スカウトが自分でより楽しく遊べるように、支援していくのが指導者の役割だと思う。

そして良い活動を継続的に展開するためには、隊とか、団といったチームの体制が、やっぱり重要になってくる。

それがない中で、自分は指導者としてやっていくことはできない。それが、あのとき出した結論だし、いまはそれができるから、こんな自分でももう少しこの運動に参画していこう、という気持ちになっているんだと思う。



さて今回のハイキング、だいぶ趣向が違う。

ボーイスカウト課程の班集会と班キャンプみたいのを勝手にイメージして、行く場所だけ指示して、交通手段や経路をスカウトたちに考えさせた。

実行段階においても、計画書を見ながらどのように乗り継いでいくか、いちいち考えさせた。



次こっち行くからついてきてね〜。というのが、ない。

それがねらいですら、ある。

チェックポイントの課題についても、まだまだ経験のない副長たちに、ほとんど一任。



ふりかえりでは、計画の立案も実行も、カブスカウト年代では難易度が高い、ということと、チェックポイントの課題が薄い、という内容だった。

前者については私のチャレンジであり、見事にそこまではやはりできない、ということがわかって、ある意味私は満足ではあるが、それでは何のためにボーイスカウトは年代別に課程が分かれているのか? やはりカブスカウトにはその年代にあった「レベル」というものがあって、その部分の理解が足りていないということなのだろう。

後者については、彼らに一任した上で、立案段階の詰めをもっとやれば、内容的には良くなったかも知れない。しかし、あえて私は一つの考えを「提案」し、参考にして何か作ってくれ、とだけ言うにとどめた。



私がいま一番気にしているのは、一緒にやっている指導者たちが「参画のはしご」を登っているかどうかであり、私は隊長として、そのための支援というか「機会提供」をしなければならない、と考えている。

彼らはこどもではないが、これが、極端に言うと私にとっては目先のプログラムよりもプライオリティが高い。

この優先順位であっても、そんなにダメなプログラムや活動にはならない、ということもあるけど。



こんなこと言うと奢ってるかも知れないけど、第一線でスカウトと接する指導者であり続けたい、と思う反面、もう自分はそれは十分やったので、はやく次の世代に第一線でやって欲しい、という切迫感もある。

どこまでやっても終わりのない世界ではあるが、これは、私の生まれ育った団が学生指導者で運営されていて、学年が進むとすぐに代が変わって、あっという間に卒業して終わり、みたいな経験をしたからかも知れない。





そんなことをダラダラ延々と書き連ねたところで、本当は良い活動ができていない言い訳に過ぎないのかも・・・。




参画のはしご:青少年の意思決定への参画(1) | アイデアの壺
http://scoutday.jugem.jp/?eid=6

参画のはしご:青少年の意思決定への参画(2) | アイデアの壺
http://scoutday.jugem.jp/?eid=7


1.操り参画
子どもたちがすべて一から組み立てているように大人がお膳立てをして、子どもたちに参加をさせているもの。どのような目的で、どのように使われるかなどを子どもの理解度に合わせて理解させる機会なしに、活動に子どもを参加させている場合。「欺き参画」ともいえる。

2.お飾り参画
子どもの主張が取り入れられているものの、子どもはその主張の意味がよくわかっておらず、また活動の計画などに子どもが少しも関わることがない。デモ行進などで子どもに「○○反対」といったような主張の書いてあるTシャツを着せているような場合。

3.形だけの参画
会議に子どもを参加させ、発言させることに熱心ではあるが、それを実行することに何ら注目されないような場合。 また、発言の内容は子どもたちの意見をまとめたり、相談する機会はあたえられない。

以上の下から3段は、参画とはいえず、本物の参画は次の段階より上である。

4.子どもは仕事を割り当てられるが、情報は与えられている
活動に関する意見は求められないが、子どもたちが活動がなぜ行われるのかを理解して、問題を自分のものとして感じて参加している場合。募金活動などの場合がこれにあたる。ただし、この段階がいつまでも続いても、自発性のある活動への活動とはいえず、参画の最初の段階といえる。

5.子どもが大人から意見を求められ、情報を与えられる
活動が大人によって計画、運用されるものの、子どもたちはプロセスを理解し、意見が求められ、なおかつ、その意見が真剣に取り扱われる場合。

6.大人がしかけ、子どもが大人と一緒に決定する
前の段階からさらに子どもは意見を言うことができ、最終的な決定も大人と一緒に加わる場合。この段階で大人が子どもたちに参画する能力と自信を育てることができると、はしごのさらに上の段にいくことができる。

7.子どもが主体的に取りかかり、子どもが指揮する
子どもの「遊び」の世界で見られるものであり、子どもが進んでものごとに取り組む能力に気づいて、その発言を許し、支配することなしに認めることが大人に求められる。

8.子ども主体的に取りかかり、大人と一緒に決定する
「参画のはしご」は子どもの能力の段階を示すのではなく、子どもが民主的な経験の機会としてとらえることができる。したがって子どもが主導して何かをやりとげる以上に、他の人とともに世代をも超えて参画することが最上段となっている。

posted by ぬまた at 23:33| ☔| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
良いプログラムとは・・・指導者にとっては永遠のテーマですね。

私が思うに、良いプログラムとは・・・「子ども達がやりたいと思っていることを実現化させたプログラム(あまり装飾しないように)」ではないかなって思っています。

大人が全て計画したプログラムは大抵子ども達は満足できないパターンが多いような。

大人は子どもではないからかな〜と感じています。子どもの「生の声」をどれだけ聞けるかが大切で重要だと思っています。

まあ終わりがない運動ですから、その時の子ども達に沿って活動していければ良いと私は思っています。
Posted by 浦添第3団団委員長 at 2009年05月25日 18:51
はじめまして
同じ悩みを持つ者としてコメントさせて頂きます。

私も楽しいスカウト活動とは何だろう??と最近疑問を抱いております。

日連の本年度基本方針は、
「広めよう!スカウティングの楽しさを みんなに」
この運動の本質であるスカウト運動の楽しさを一般の人々に広め、そして参加して貰う事を基本方針とする。

となっています。当県連も当地区もこれに準じた「楽しいスカウティング」が掲げられています。

楽しいスカウティングって何だろう?
各部門の特質に合わせた、小集団で進歩的な野外を教場とした楽しいプログラムを提供することは、漠然的に解かるのですが、果たしてスカウトたちにとって何処までが楽しいのか?何処からがつまらないのか?の線引きって非常に曖昧です。当たり前ですが・・・

スカウトのニーズに大人のウォンツを加えるところがポイントなのでしょう。
「ねらい」を絞りすぎると「技能」や「活動すること」、「お出かけすること」が強調され、大人(指導者)主体になりがちですよね。かと言って、ニーズに奔りすぎるとスカウトは楽しいでしょうが、この運動の目的が薄れてしまいますしね。
(BSではなくても魅力的で楽しい団体やNPOは沢山ありますし・・・)
Posted by 入三松 at 2009年05月27日 12:52
お邪魔します。ご案内させていただきます。
石川県連盟広報より
http://blog.livedoor.jp/ishiprcom/archives/864846.html
県連広報委員長:うるさいおじさん
Posted by こちら加賀の国 at 2009年06月01日 12:17
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